本紙紙面
2020年5月25日配信
【シリーズ 私の提言①】
ステイホームで気づく住まいの幸福とインテリアの可能性 前編
株式会社LIFULL LIFULL HOME’S総研所長 島原万丈
1.パンデミックと共生する社会において
世界中をパニックに陥れている新型コロナウイルスCOVID-19。2020年5月14日現在、東京圏、大阪、北海道などでは月末までの延長がされたものの、39県の非常事態宣言は解除され、感染拡大の第1波はようやく収束が見えてきたところである。しかしながら、専門家はこの第1波が収束したとしても第2波、第3波の到来を当然のように予想しており、ワクチンや特効薬が開発されるまでの間は長い闘いになると警戒を呼びかけている。さらに、たとえ新型コロナウイルスが収まったとしても、またいつ未知の感染症の流行が発生しても不思議ではないという。都市化とグローバル化が大きく進展した現代では、パンデミックが発生する頻度は高くなっている。
このような状況を受け、気の早い人は、アフターコロナの時代だ、いやウィズコロナの時代だ、と新しい社会モードを語り始めている。グローバルなレベルで見ても、COVID-19の前後で世界のあり方、人びとの生活スタイルが大きく変わる、という見方が大勢である。
では、今回のコロナ禍は私たちの住生活にどんな変化をもたらすのだろうか。いま現実に私達が経験している日常を踏まえて、アフターコロナの時代の日本の住まいを展望してみたい。とはいえまだ現在進行中の事態であり、最終的な出口も見えず、経済面も含めて最終的な被害はどれほどの規模になるのかまったく見通せない中、確からしい予測など不可能だということはあらかじめ断っておく。あくまで思考実験的にざっくりとした方向感を整理し、アフターコロナ時代の住まいに関わるニュー・ノーマルを考察する。
2.通勤なき社会のシミュレーション
まず、緊急事態宣言に基づく休業要請と外出自粛要請、それに伴う在宅勤務シフトについて。これはこれまでの働き方から暮らし方を大きく制限し、経済にも深刻なダメージを与えていることは改めて述べる必要もないだろう。その一方で、この状況を別の角度から眺めてみると、私たちは通勤なき社会のシミュレーションという千載一遇の社会実験をしているのだ、と考えることも可能だ。新型コロナウイルスは、働き方改革の文脈でこれまでさんざん必要性が叫ばれながら一向に進まなかったテレワークの普及を、ゆうに数年先に推し進めたことは間違いない。都心のオフィスのデスクは自宅のダイニングテーブルに置き換わり、会議室はZoomに置き換わった。商談や契約のオンライン化も進んでいる。
在宅勤務が1~2週間を超えたあたりで、毎朝満員電車に揺られて定時出社することにさして合理的な理由などなかったことに多くのオフィスワーカーが気づいたはずである。定例会議の中には実は不要のものも多数あったし、やるとしてもZoomで十分だった。満員電車での通勤から解放されることで肉体的精神的な疲労度は軽くなり、仕事の能率が高まり、拘束時間は短くなることでワークライフバランスが向上することを直感した人も多いだろう。もちろん仕事内容や組織および個人の適性や環境によって、多少のばらつきはあるにせよ。
特に東京をはじめ大都市圏に住む人びとにとっては、この社会実験によって、自分の毎日の暮らしから都心の引力を軽くしてみるという思考実験をすることが出来るだろう。都心へ通勤をする頻度が大幅に減るということは、大都市圏のオフィスワーカーの住宅選びの価値観を大きく変える契機となる。どんなアンケート調査をしてみても住まい選びの重視項目の中で常にトップ3には入るほど、通勤利便性は不動産市場の最重要概念の1つである。複数の条件のゼロサムゲームである住宅探しにおいて、住宅コスト的にも生活時間的にもっとも大きなインパクトを持つ都心への距離・交通利便性の重要度を下げることができるなら、オフィスワーカーは、これまで検討の余地すらなかった住まいの選択肢を、現実のものとして考えることができるようになる。
つい先日、米国のツイッター社が、今回のコロナ禍が収束した後にも希望する社員には恒久的に在宅勤務を認める方針を打ち出したばかりだが、企業のリモートワークが一定レベル維持されるならば、オフィスワーカーの住まい選びの自由度は飛躍的に高まる。要するに、もっと自分がしたい暮らしに忠実に住む場所や家を選べるようになるということだ。住む場所の選択肢が広がると、同じ住宅コストで住めるハコの選択肢は広がる。以前から待望されてきた2拠点生活の実現はもちろん、「LivingAnywhere」や「ADDress」のような、各地を転々と移り住む流動的なライフスタイルの実現も現実味を帯びてくる。都心の不動産価格を下落させるほどのインパクトがあるかどうかは未知数だが、少なくともリモートワークが可能な職業で働く人にとって、都心一極集中の圧力が弱まることは間違いない。
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